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気持ちの良い夕暮れだった。表通りの喧騒から離れた、住宅街の中にあるマンションの1角に、まるで小さなチャペルのようなホールが現れた。白一色の清しさのなかに、柔らかな照明が温かみを感じさせる、居心地の良い空間がそこにあった。
ステージに登場したのは、佐々木幸男、エビナマスジ、古舘賢治、木村ゆうの4人。
まずは「ムーン・リバー」続いて「空に星があるように」と星の瞬く夜にふさわしい曲が届けられる。おや、今夜は星にちなんだ曲が集められたのかな?との思いを抱く。意外性のあるところでは「時の過ぎゆくままに」「オリビアを聴きながら」といった選曲にも驚かされたし、「帰れない二人」では懐かしさに頬が緩んだが、どれも単なるカバーではなく、星の瞬く夜にふさわしい、この夜のためのとびきりの1曲に仕上げているところが流石とうならされる。
古舘賢治が軽やかにリズムを刻むギターで「セーヌ」を、木村ゆうが流麗なピアノで「アクロス・ザ・ユニバース」をと、それぞれのオリジナル曲もはさみながらステージは進む。幸男さんの「君は風」「セプテンバー・バレンタイン」はそのゆったりとした曲調が、ホールに満ちている空気感にぴったりで、これ以上の選曲はなかろうとさえ思える。エビナマスジの伸びやかな声はオリジナルでもカバーでも、存分にその存在感を示し、ソロでもコーラスでも遺憾なく歌唱力を発揮したが、彼が当夜のプロデューサーでもある奥山洋充氏の手になる「さねん花」という美しい歌を披露した時は、切なさとともに南の風と夏の香りが流れ込む気配さえした。ギターとピアノのほかには楽器はない。けれどもゆったり流れる空気はそこかしこに様々な匂いや音を運んでくる。まるでそこが奄美大島の浜辺で、星空を今しも見上げているかのように。
コロナ禍で、思うに任せぬ活動を強いられてきたアーティストにとっても、コンサートに足を運び、音楽に浸る時間を失っていた観客にとっても、等しくこの空間では音に身を委ね、味わい、包み込まれる幸福を共有できた。マスクの下で口ずさむ人、体を揺らし、手拍子や指を挙げる人、待ちわびた時間を取り戻すかのようにそれぞれが全身で楽しんでいる。
ラストに「星のかけらを探しに行こうAgain」で、4人の声が一つになると、観客も満足と感嘆の拍手を送り続けた。そして、アンコールでは幸男さんの呼びかけに応え、観客も一緒になって歌い上げ、天井に照明が描き出す、いっぱいの星空に「見上げてごらん夜の星を」が響き渡った。
緩やかな空気、ホールや楽曲の雰囲気にぴったりの照明、音響も実によく、何より音が豊かに届けられた。コロナ禍で覚えた音楽への飢餓感を、払拭して余りあるクオリティの高いステージだった。それはきっとステージを届けてくれたアーティストやスタッフの側にも感じ取れていたことだろう。
帰途、まだ薄暮の中、体を包む音の記憶をかみしめながら歩き、11月23日に行われる第二夜では、また驚くような選曲で楽しませてくれるのかな、岡本一生の「Moonlight Singing」を幸男さんの声で聴けたらなあ、そうなるとオープニングはエビナマスジの「スターダスト」当たりかなあ、などとまだ決まってもいない楽曲や出演者にまで思いを馳せながら、第一夜 の幸福な余韻に浸ったのだった。
(音楽ジャーナリスト 内記 章)
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